大垣市(美濃国)に移動し、曽根城へ。
曽根城は、美濃三人衆の一人、稲葉一鉄により築かれたとされる。
稲葉一鉄は斎藤義龍、織田信長、豊臣秀吉と時の有力者に仕え、家名を
保ったと言われている。
曽根城は平城で、主な遺構は石垣、土塁があり、復元されている。
本丸跡には華渓寺が建ち、周辺は公園として整備されている。
(小さな広場ですが芝生がきれいに整備されている)






大垣市(美濃国)に移動し、曽根城へ。
曽根城は、美濃三人衆の一人、稲葉一鉄により築かれたとされる。
稲葉一鉄は斎藤義龍、織田信長、豊臣秀吉と時の有力者に仕え、家名を
保ったと言われている。
曽根城は平城で、主な遺構は石垣、土塁があり、復元されている。
本丸跡には華渓寺が建ち、周辺は公園として整備されている。
(小さな広場ですが芝生がきれいに整備されている)






本日2城目です。
竹ヶ鼻城は関ケ原の戦いで西軍方で、東軍 福島正則の攻撃を受け、落城。
平城であったようであるが、遺構はない。
現在は石碑、案内板のみで、城跡は商店街や歴史民俗資料館となっている。



シルバーウィークを利用して久しぶりに城めぐりです。
今日は岐阜県周辺。
1城目は黒野城。城跡は、公園として整備されており、土日は近くの専門学校?の駐車場が
使用できる模様。
水堀、土塁を見ることができました。小さい城の割に堀が深く、土塁が高い・・・・
土塁に囲まれた廓がグランドになっており、少年野球の練習が行われていました。





乗鞍岳へ登山の予定で現地付近まで行きましたが、雨が止まず延期。
予定変更して高山 宮川朝市、高山陣屋、高山城へ行くことになりました。
朝市で買い物した後、高山陣屋へ・・・
現存する唯一の陣屋で、平成8年に蔵番長屋、郡代役宅、奥座敷などが
復元されている。
その後、高山城跡へ移動。
当城は金森長近により築かれた。
現在は城山公園として整備されており、遺構として、曲輪、堀、石垣、土塁
を見ることができます。








本日、最後の登城となります。
午前中までの晴天がうそのように小雨が降ってきました。
当城は飛騨国を攻略した金森長近により築かれたとされる。
現在、遺構としては石垣、水堀、櫓台等を見ることができます。
小学校と隣接?敷地内?の状況で、増島天満神社が鎮座しています。
水堀には鯉が泳ぎ回っています。





高原諏訪城を遠方から確認した後、神岡城へ向かいます。
場所も比較的わかりやすく、駐車場もあります。
当城は江馬氏により築かれたとされます。
現在、城跡は神岡城公園として整備され、遺構は空堀を見ることが
でき、模擬天守、模擬石垣の見学もできます。
三井金属鉱業によって公園整備されているためか、普通の公共公園
とは少し雰囲気が違うような・・・
模擬天守がある敷地は入場が有料のため、今回は門の外から天守を
撮影しました。




江馬氏下館の次に高原諏訪城に向かいます。
NaviConで高原諏訪城を入力し、現地に向かうもなかなか登城口が
見つかりません。
情報不足で車を止める場所もよくわかりませんでした。
ギブアップして次に向かいます。
おおざっぱに写真の山中に城跡があるはずです。
高原諏訪城は江馬氏の有事の際の詰城です。平時は江馬氏下館に居住。
現在は遺構として堀切や土塁、曲輪を見ることができるらしい。


今日は岐阜県での城めぐりです。
最初は江馬氏下館跡を目指し、飛騨市神岡町に向かいます。
あのスーパーカミオカンデのある町です。
城跡は分かりやすい場所にありました。
よく整備されており、会所、土塀、空堀、庭園などが復元されています。
赤外線の防犯装置もあり、管理に力が入っています。






明知城から40kmほど離れた場所にある別名明智城。
明智氏の本拠地であったが、斉藤義龍に攻め滅ぼされた。その際光秀は
落ち延び、明智氏を再興した。
城址は明智城址公園としてよく整備してある。
連郭式山城として各曲輪がわかるように整備され、七ツ塚や慰霊塔、馬防柵
などが復元されている。
3時ごろでも薄暗く、一回りしようとすると1時間ぐらいは掛かるほどの規模です。





久々に登城計画を立てて、岐阜の2城を見学する。
今回はどちらも明智光秀ゆかりを売りにしている山城です。
1城目は明知城。
先輩方のブログを参考に龍護寺周辺を目指すが、なかなかたどりつけません。
(当然ナビでもでてきません)
お巡りさんに道を尋ね、ようやく明知城入口にたどり着きました。
この辺りは明智光秀ゆかりの地として町おこしをしているようです。
明智光秀産湯の井戸や明智光秀供養塔などがある。もともと遠山家の
居城であり、明智の本拠地ではない。




