松平郷の駐車城から車を数百m移動。
松平氏発祥の地として、この松平氏館(松平東照宮)、松平城跡、大給城、
高月院が松平氏遺跡として国の史跡に指定されている。
なかでも産湯井戸は岡崎城で家康が生まれた時にここの井戸の水を竹筒に
つめ、早馬で届けたと言われる。
岡崎城内にも家康の産湯の井戸があったような・・・・
とにかくここは葵の紋だらけの場所となっています。
一番目立っているのは親氏の像でした。




松平郷の駐車城から車を数百m移動。
松平氏発祥の地として、この松平氏館(松平東照宮)、松平城跡、大給城、
高月院が松平氏遺跡として国の史跡に指定されている。
なかでも産湯井戸は岡崎城で家康が生まれた時にここの井戸の水を竹筒に
つめ、早馬で届けたと言われる。
岡崎城内にも家康の産湯の井戸があったような・・・・
とにかくここは葵の紋だらけの場所となっています。
一番目立っているのは親氏の像でした。




大給城から車で10分ぐらいで松平城に到着。
(正確にはその手前の松平郷駐車場)
徒歩で松平城 登城口まで5分。また登山です。
この城は別名 郷敷城と呼ばれ、松平氏の始祖 親氏が築いたといわれる。
(つまり家康の先祖)
なんとか主郭まで登ると城址碑がある。主郭の周りに曲輪があるが、細長く
本当に曲輪?という感じ。
そのまわりの堀はかなり急斜面である。昼間でも薄暗く、人と会うことはありません。




本日は午後から特に予定もなかったため、久しぶりにお城巡りをしました。
今回は豊田方面の3城!!
まずは三河で規模の大きい大給城へ・・・
ここは国の史跡にも指定され、徳川氏発祥の地でもあります。
大給城登り口付近に駐車し、登山?開始。
最初に目に留まるのは松平乗元(大給松平の始祖)の墓。
葵紋の石門が厳かな雰囲気を漂わせます。
虎口を通り、主郭へ向かうと巨石がごろごろと目につきます。
主郭の物見岩は必見。
城マニアの方々のおっしゃる通り、遺構が多いオススメの城郭だと思います。




久々の登城。清洲城は2度目の訪問となります。
清洲城は清洲織田氏の本拠地でした。(もう一方は岩倉織田氏)
現在の清洲城は当時の構造や位置がはっきりわからないため、
模擬天守として造られたものです。
当時の天守は今の清洲古城跡公園にあったようです。
信長公も清洲城の城主でしたが、その当時は天守はなく、
信雄の時に天守を含め大規模な城になったようです。
現在行われている発掘調査で何か発見がないか楽しみです。




井田城から自転車で5分で現地付近に到着。
現在の三郷小学校の校庭が城址のようです。
碑は小学校の西側に説明板とともに立っています。
13世紀ごろ作られたらしいが、遺構はわかりません。
当時は土塁、堀を巡らせていたようです。


午後、暇な時間があったので、近所を自転車でぶらタモリ。
市内に8箇所あるとされる城址のうち2箇所を探索することに・・・
自転車で走ること15分、Webで得た住所の情報をもとに付近
をウロウロ。不審者と思われる前に城址を発見。
八反田公園内に碑があります。
公園として整備されていますので、土塁や堀などの遺構は
よくわかりません。室町時代以降の土豪の居館であったらしい。



本日最後のお城です。
沓掛城址公園の無料Pに車をとめるとすぐ、空堀が見えます。
土塁や曲輪もよく整備されています。桶狭間の合戦で今川義元が
軍議を開いた城。
その後、織田方の城主が関が原の戦いで西軍についたため、後に
廃城となる。この時期の夕方に訪れるには、さびしい気持ちとなる
城跡です。




ここは記念碑と説明板しかありません。
公園付近は道路も狭く、駐車スペースもありません。
2~3分でささっと見学しましょう。
江戸期には御殿が増築され、将軍家の休憩所となっていたらしいが
地震で倒壊。




もともとは安城城と呼ばれていたらしい。別名 森城
大乗寺を目印に現地に向かうといいと思います。
切岸等の遺構が残ります。
今川と織田が争った城で、織田信広と家康本人との人質交換の場所
と伝えられる。
時間があれば、付近の歴史博物館の見学もできます。




西尾城がなかなか立派であったので、ここが曲輪?ここが土塁?
という程度です。桜井公園の駐車場らしき空き地に駐車して、
あたりを見回し、ほどなく退散しました。



