長野城の次も山城の霧山城です。
登城口のすぐ近くに路上駐車して本丸を目指します。
2城連続の山城はきつく、更に急こう配の坂で足のダメージが増す。
霧山城は北畠氏代々の居城であったが、最後は織田氏に滅ぼされてしまう。
城跡には、曲輪、土塁、空堀が存在し、城址碑が建つ。





長野城の次も山城の霧山城です。
登城口のすぐ近くに路上駐車して本丸を目指します。
2城連続の山城はきつく、更に急こう配の坂で足のダメージが増す。
霧山城は北畠氏代々の居城であったが、最後は織田氏に滅ぼされてしまう。
城跡には、曲輪、土塁、空堀が存在し、城址碑が建つ。





今日は三重県の城めぐりです。
まずは津市美里町の長野城です。
ある程度車で近くまで行けると思っていましたが、通行止めで2.4kmの登山と
なりました。
1kmほど歩くと土砂崩れで道が半分ほどになっていました。(通行止めの原因)
熊がでそうな道を30分ほど歩いて本丸に到着。
小さな本丸と遠くを見渡せるほどの山頂に天然の要害を感じることができました。






本日最後の登城です。
加賀野城は土岐家家臣の後藤基直により築かれたとされる。
遺構はなく、現在は城跡に加賀野八幡神社があり、境内の井戸は
平成の井戸100名水として有名である。
今日もたくさんの人がポリ容器に水を汲みに来ていました。
(おいしかったです。)




大垣市(美濃国)に移動し、曽根城へ。
曽根城は、美濃三人衆の一人、稲葉一鉄により築かれたとされる。
稲葉一鉄は斎藤義龍、織田信長、豊臣秀吉と時の有力者に仕え、家名を
保ったと言われている。
曽根城は平城で、主な遺構は石垣、土塁があり、復元されている。
本丸跡には華渓寺が建ち、周辺は公園として整備されている。
(小さな広場ですが芝生がきれいに整備されている)






本日2城目です。
竹ヶ鼻城は関ケ原の戦いで西軍方で、東軍 福島正則の攻撃を受け、落城。
平城であったようであるが、遺構はない。
現在は石碑、案内板のみで、城跡は商店街や歴史民俗資料館となっている。



シルバーウィークを利用して久しぶりに城めぐりです。
今日は岐阜県周辺。
1城目は黒野城。城跡は、公園として整備されており、土日は近くの専門学校?の駐車場が
使用できる模様。
水堀、土塁を見ることができました。小さい城の割に堀が深く、土塁が高い・・・・
土塁に囲まれた廓がグランドになっており、少年野球の練習が行われていました。





乗鞍岳へ登山の予定で現地付近まで行きましたが、雨が止まず延期。
予定変更して高山 宮川朝市、高山陣屋、高山城へ行くことになりました。
朝市で買い物した後、高山陣屋へ・・・
現存する唯一の陣屋で、平成8年に蔵番長屋、郡代役宅、奥座敷などが
復元されている。
その後、高山城跡へ移動。
当城は金森長近により築かれた。
現在は城山公園として整備されており、遺構として、曲輪、堀、石垣、土塁
を見ることができます。








本日最後の登城となりました。
長久城(ながくてじょう)と読みます。
加藤景常の居城で、小牧・長久手の戦いでは岩崎城にて豊臣方の
池田恒興と戦って討死を遂げた。
しかし、この戦いで足止めされた豊臣方は、背後から徳川勢から急襲
を受け、池田恒興父子、森長可が討死した。
現在城跡は観音堂となっており、石碑が建っている。




本日2城目。岩作城(やざこじょう)と読みます。
この城が小牧・長久手の戦いに関係しているかは知りませんが、
当城主の今井氏が徳川勢として豊臣勢の池田恒興と戦っているらしい。
現在、城跡は長久手市役所となっており、遺構としては堀跡があるらしい?
(よくわかりませんでした・・・)





暇に任せて登城。
近場の長久手市をめぐる。
ここは小牧・長久手の戦いで、三河侵攻を目的とする豊臣秀次に対する
徳川家康が陣を構えた場所とされる。
遺構としては、家康が座ったとされる床机石を見ることができる。



